Makoto Kuriya
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COLUMN
2001年アルバム「Future 2 Future」のプロモーションで来日したハービー・ハンコックに、クリヤ・マコトがインタビューしました。ここでその一部をご紹介します。
ハービー・ハンコック×クリヤ・マコトインタビュー
【 MK=クリヤ・マコト、HH=ハービー・ハンコック 】
MK:あなたの新作となればリスナーとしては、ヘッドハンターズ、ロックイット、VSOPの3つのスタイルのどれかを期待すると思うんです。今回の作品はそのどれにも属していないように聴こえますが、実際この作品はあなたにとって過去の作品の延長線上にあるですか、それとも無関係ですか?
HH:確かに今まで録音した作品のどれにも似てないね。制作前にビルが教えてくれたんだけど、今のアンダーグランド・シーンにはヒップホップから派生した様々な発展形の音楽があって、そこで活動しているクラブ系の若手ミュージシャンはぼくが70年代に録音した作品に影響を受けているらしいんだ。具体的にはアルバム「セクスタン ト」とか、アルバム「デディケーション」の中の「ノブ」が人気らしい。そういうぼ くを評価してくれているアーティストたちと組んだら面白いアルバムが作れるのでは ないか、というのが基本的な発想なんだ。そう言われてから若い人たちの作品を聴いてみると、そこには確かにぼくの影響が感じられる。コラボレートすることで今度は若い人たちがぼくに刺激を与えてくれるだろうし、逆にぼくが長年積み上げてきた音楽性や経験を現場に提供できるだろうと思ったんだ。
MK:確かに「セクスタント」あたりの作品はクラブでプレイされています。それに しても今回はドラムンベース、テクノ系の音になっていますね。JAZZMATTAZZ等との共演も含め、あなたの経歴から言えばむしろR&B、ヒップホップ系とのコラボレートの方が自然に感じるのですが、この方向性、人選は個人的な嗜好ですか?それともビルの?
HH:今回はビルがカール・クレッグ、ア・ガイ・コールド・ジェラルド、DJロブ・スウィフトなどをすべて紹介してくれた。この人選を元に2人で方向性を決めているうちに自然にこうなったんだ。ジャック、ウエィン、チャカなどベテラン・ミュージ シャンの人選もすべてビルなんだ。
MK:ヒップホップはメジャー・マーケットで成功を収めたと同時に当初の勢い、創造性の一部を失ってしまった。それでヒップホップに未来を感じることができず、今回のような表現スタイルになったのかな、とも思ったのですが?。
HH:それは当たっている。アンダーグランド・シーンの中でも最もクリエイティブな連中は今ジャズ、ヒップホップからエレクトロなダンス・ミュージックへと移行しつつある。リスナーの数はまだ少ないけど、とても意欲的な傾向だと思う。アメリカでそうなんだから日本やヨーロッパではとっくの昔にこういった傾向になっているはずだ。アメリカは最新鋭の音楽に対しては動きが鈍いからね。
MK:では今回のキーマンであり、プロデューサーであるビル・ラズウェルとはどういった経緯でもう一度一緒にやろうと思ったんですか。
HH:ビルはマイルスやボブ・マーレイのリミックス盤を既に発表していて、3作目としてぼくの古い作品をリミックスしたいと言ってきたんだ。それをトランスペアレント・レーベル社長のチャック・ミッチェルに話したら、リミックスも良いけど最初に新録をやろうという意見だった。これにぼくもビルも賛成したというわけ。だから近い将来ぼくのリミックス盤も世に出ると思うよ。ところでトランスペアレント・レーベルっていうのは、音楽ジャンルの壁をトランスペアレント(透明)にしようという意図でチャックが命名したんだ。彼自身すごくクリエィティブな人で、真のアーティストはカテゴリーによって区別されるべきでないと考えているんだ。
MK:それでは、制作プロセスについて具体的に教えてください。
HH:ビルはいつもメイン・アーティスト抜きでトラックを相当な段階まで完成させてくる。ぼくとウェインが参加したのはオーバダブの段階からだけど、ジャックの演奏は既にプリプロの段階で入っていたみたいだ。ダビング終了後にビルと2人で話し合い、何か追加しようとか録り直そうとかいろいろ検討して、最終的にはぼくの意見が全体に反映されたアルバムになったんだ。
MK:トニー(・ウィリアムス)のプレイはいつの録音を使っているんですか?
HH:あれはビルとトニーが昔セッションした録音が元になっている。ビル自身がベースを弾いている未発表のテイクだ。ビルは以前トニーのレコードをプロデュースしようとしていた時期があってね。結局作品はリリースされなかったけど、テープは残っていたんだ。
MK:アルバムではピアノ、キーボードをあまり弾きまくっておらず、そこがとてもクールに感じたのですが、これは意図的ですか?
HH:ソロを弾きまくって演奏能力を見せるようなアルバムは、過去にたくさん作ってきたからね。このアルバムのポイントはもっとトータルなサウンドの中にある。それぞれの曲にオープンなフィーリングを持たせたかったんだ。ちょっと説明しにくいけど、『このトラック完成してるの?』と思わせるぐらい現在進行形で、自由で、オープンな感じが欲しかったんだ。
MK:生ピアノの音が特徴的ですが、どのような加工を施しているんですか。
HH:今回ぼくは弾きっぱなしなんだ。ミックスは全部ビルがやった。一度トラック・ダウンに立ち会おうと思ってビルを捜したんだけど見つからなかった(笑)。ぼくに来て欲しくなかったんじゃないかな。彼は何でも1人でやるタイプだからね。ただ 「ケベロ」については、曲が長過ぎるので2つに分けてくれと頼んでおいた。「ケベロ」は録音時は1曲だったんだ。
MK:キーボードは実際に何を弾いたんですか。
HH:フェンダー・ローズ。ローランドのMK80も弾いたけど、これはクラビの音しか使わなかった。あとはノードリード2とカーツウェルのK-2500。それにパッド類。あとはソフト・シンセとかソフト・サンプラーを少し使った。
MK:今後の音楽制作でソフト・シンセや、特にソフト・サンプラーが鍵を握ってくるでしょうね。個人的には持っているんですか?
HH:機材は古いものから新しいものまで自宅に山ほどあるよ。ソフト・シンセ類も幾つか持ってる。ソフト・シンセの凄い所は、ビンテージ物のアナログ・シンセ音色を忠実に再生できるってことだけに留まらない。自由自在にデジタル処理できるおかげで、アナログ時代には絶対作れなかったような新しい音色を作ることができるからね。
MK:10年前と比べるとRAMメモリーやハードディスクが安価で大容量になって、電子楽器の音色も良くなり、音楽制作全般のハイテク化にますます加速度がついてきましたね。
HH:お陰でソフト音源類もどんどんクオリティの高いものが出てきた。それとダウン・サイジングもすごいね。何十ギガ・バイトもあるハードディスクを手軽に持ち運びできるようになった。旅先でも複数のソフトをリンクさせたり、オーディオ編集などきめの細かい音作りができるというのは驚異だね。
MK:ところで、アメリカのジャズ・シーンでは最近どんな傾向がありますか?
HH:ぼくはLAに住んでいるんだけど、少なくともLAは昔よりいいみたいだ。以前は新しいジャズ・クラブが続々と出来たけど、オープンする数よりクローズする数の方が多かったからね。今は数は少ないけど安定しているクラブが多い。やはり発表の場が常に安定してないとね。ニューヨークについては人から聞いた話だけど、シーン自体がいろんな派閥に分かれて、極端な派閥化が進んでいるらしい。例えばウィントンの影響を受けた保守的な人たち、ジャズはどうあるべきかを批判的に唱える人たち、音楽活動に全く制限をしないオープンなミュージシャンといった具合にね。この話を聞いた時NYに住んでなくて良かったと思ったよ(笑)。NYは昔と比べてすごく保守的になってしまったね。
MK:確かに最近LAの活気づいた話は聞きますね。新しいレーベルが出来たという話もNYよりLAの方が多いですよね。去年からぼくが在籍しているベニー・モーピンのユニットもLAでライブをやろうかと言ってるのですが、音楽をオープンに受け止める許容量は今ではNYよりもLAや東京の方が上のような気がします。
HH:その通り。だから今回のアルバムも日本で先行発売するんだ。NYのアンダーグランド・シーンには最新の、ジャンルにこだわらない実験的な音楽を生み出しているミュージシャンがたくさんいるけれど、全体的に見るとあくまで少数派だし、評価されずに終わってしまうことの方が多い。結局保守的な人種の影響力が強いんだ。アメリカでは少数派が受け入れられるには莫大な時間がかかる。少数派が保守を上回る脚光を浴びるには大変な労力と時間が必要なんだ。さらにもう1つ、商業的に成功を収めた者だけが勝利を勝ち取り、音楽の内容にも影響力を与えてしまうという資本主義のデメリットがある。
MK:例えばパフ・ダディがヒップホップ界で勝ち得た勝利のようなものですね。
HH:そうそう。ああいったスタイルで作る音楽は統計学以外の何物でもない。音楽の制作に携わる人間が正真正銘のミュージシャンから、所謂ビジネス・ミュージシャンに取って代わっている。アメリカでは今後もこういった新種のビジネス・ミュージシャンが幅をきかせ、ジャズ・ミュージシャンは苦戦するだろう。でもね、今のようなジャズのあり方に不満に感じているジャズメンは増えてきているんだ。もう停滞したシーンにはうんざりだという人がね。ビバップの同じフレーズを何度も何度も聴くのはたくさんだと思っているミュージシャンは意外と多いし、もちろんぼくもその一人だ。たまにはいいよ。でも音楽は成長して、どこかに進んでいかなければダメだ。ジャズはもう60年間も同じことをやり続けてきている。60年代にはいろんな実験や模索が盛んに行われていた。40年も昔なのにね。この停滞に対する不満は近い将来新しいムーブメントとなって動き出すだろう。今回の「フューチャー2フューチャー」もそんな新しいムーブメントの一歩としての役割を果たせればと思っているんだ。ぼくは他のプロジェクトを手がけるときにも、このオープンな姿勢を常に持ち続けたいと思っている。 ウェイン・ショーターやテレンス・ブランチャードも仲間だ。二人とも新しい音楽を模索しているからね。現実的にこれを新しいシーンに発展させる計画を立てていきたい。古いジャズの因襲を撃ち破る新しいシーンを作りたいんだ。
MK:つまりそれが今回のアルバムの最大の意図であり、メッセージというわけですね。
HH:うん。これは一例にすぎないけど、オープンなジャズを新しいスタイルで提示したかったんだ。最後に1つ付け加えると、ぼくはもう61才だ。この年になると、自分が若い世代のミュージシャンたちに対して何ができるのかを真剣に考えるんだ。若い世代イコール未来だからね。若い人たちが後戻りするのではなく、先に進むために自分がどこまでプラスになれるかだ。今までミュージシャンとして長年培ってきたスピリットを若い世代に伝えることが自分の責任だと思うんだ。今後のぼくの活動には、この姿勢が色濃く反映されていくだろう。